カテゴリ:3月11日( 15 )

あの日から1000日・・・

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東日本大震災から1000日が経った。

そして、1001日目の今日。

決して忘れませんからね。。。













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by butuzohono311 | 2013-12-05 14:12 | 3月11日

あれから2年・・・

3月11日・・・

被災地である岩手県大槌町でこの日を迎えられないのは残念で寂しい。

去年の大槌町は朝から雪が降っていた。
自分は北国の雪に会えて嬉しく思った。
町の人は「雪はあの日を思い出すから嫌だ・・・」と言っていた。

「また来ますからね」と手を振って大槌の皆さんとお別れしてから1年が経つ。
ほんの少ししか関わりは無いけれど、
大槌の人達が、あの風景が、愛おしくてたまらない。

もう2年なのか、まだ2年なのか・・・

いや・・・“あれから”の時間を推し量るのはやめよう。
被災地の方はもっと複雑な思いでこの2年を過ごしてきたと思うから。

今日の2時46分、あの鐘が鳴らされる。

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薬師寺執事長 加藤朝胤師のご尽力によって復活した江岸寺の鐘
<三浦耀山 撮影>













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by butuzohono311 | 2013-03-11 07:19 | 3月11日

ことなる それだけのふさわしいことばが あてがわれるまで

「明日、自分の命が終わる」などと考えていた人は誰一人としていなかったと思う。

3月11日の事。
人には人の関わり方、向き合い方があると思う。

“忘れない”という向き合い方もあれば、
“忘れる”ことでしか向き合えない人もいる。

被災地とはほんの少ししか関わりは無いけれど、
被災地に思いを寄せて、寄り添って、“忘れないで欲しい”と願うだけだ。


そんな私の胸の奥に作家、辺見 庸氏の言葉が響いた。
痛々しく、荒々しく、ザラザラとして、優しく、悲しく・・・



『わたしの死者ひとりびとりの肺に

ことなる それだけの歌をあてがえ

死者の唇ひとつひとつに

他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ

類化しない 統べない かれやかのじょだけのことばを

百年かけて

海とその影から掬(すく)え

砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ

水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな

石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ

夜ふけの浜辺にあおむいて

わたしの死者よ

どうかひとりでうたえ

浜菊はまだ咲くな

畔唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな

わたしの死者ひとりびとりの肺に

ことなる それだけのふさわしいことばが

あてがわれるまで』


詩集「眼の海」より 辺見 庸・・・



明日は3月11日。
あれから2年が経とうとしている。

決して忘れませんよ。













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by butuzohono311 | 2013-03-10 09:13 | 3月11日

推し量れない気持ち・・・

12月7日、17時48分頃、三陸沖を震源とする強い地震が発生した。

関東でも強い揺れを感じた。

津波警報が発令された後、NHKの臨時ニュースで、

「命を守るために急いで逃げてください」

「東日本大震災を思い出してください」

などと緊迫した声で避難を呼びかけていた。


3月11日の・・・あの日の事を思い出した。

揺れ以上に気持ちが動揺した。


8日、昨日の地震の事が心配で大槌町の江岸寺さんに電話した。

ご住職の声を聞いて安心したけど、

「逃げてもしょうがないからね・・・」という言葉を聞いて、ハッとしたと同時に少し心配になった。

ご住職の地獄のような体験と失ったものの事を思えば、そういう心持ちになってしまうのかな・・・

その心は自分には推し量れないけど・・・悲しくなった。

少しでも寄り添える事が出来れば。。。


来年の春、花の咲く頃にまた行きますからね。



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by butuzohono311 | 2012-12-08 19:53 | 3月11日

あの日から1年8ヶ月・・・

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今日は11月11日。

東日本大震災から1年と8ヶ月。

写真は今年3月11日の岩手県大槌町の海。


その日の朝、窓を開けたら雪が降っていた。

北国の雪に会えて少し嬉しく思った。

しかし、被災地の方は「あの日を思い出すから雪は嫌だ・・・」とおっしゃっていた。


絶対に忘れませんからね。。。



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by butuzohono311 | 2012-11-11 12:20 | 3月11日

数字・・・

大きな災害などがあると、被害の大きさを表すものとして、

被災者の”数字”が取り上げられる。

まったく無機質な数字。


だけど、その数字の裏には一人一人の“生活”や“夢”や“人生”があったんだ。

当たり前だけど・・・


想像すると胸が押し潰されそうになるけど、

想像しなくちゃいけないって思うんだ。













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by butuzohono311 | 2012-07-01 19:52 | 3月11日

3・11以前と以後・・・

あの日から一年が経とうとしている。


自身の胸にも問い続けている。

何事もなかったように、3・11以前と同じであって良いのであろうか。。。

日常や大切なもの、希望・・・そして夢。


いや・・・3・11以前には戻れない。


あの見た事もない風景に相応しい言語というものを人類は持ち合わせているだろうか。

ひとりひとりの悲しみや苦しみに寄り添える言葉を持ち合わせているだろうか。

どのような表現も相応しい言葉が見つからない。


・・・3・11以降


自分にどのような表現が可能なのかは判らない。

せめて、その記憶の断片を刻み込む事は必要なのではないか。

そう考えた時、絵画や彫刻などは言語化出来ないものを表現する最後の手段なのではないだろうか。


絶望と悲嘆から目を背けないと言うこと。

嘆き、悲しみ、苦しみ、畏れ、悼み、祈り・・・

愛おしむように、ひとつひとつを丁寧に拾い上げ、すべてに誠実であること。


意思と意識、無意識を持って絶えず思考し続け、

あの3月11日の悲劇を記憶にとどめると言うのが私の誠実というものではないか。
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by butuzohono311 | 2012-03-01 15:11 | 3月11日

告白・・・

3.11以降、命が記号化されていった。


日曜日の朝5時、目を覚ましてテレビをつけた。

NHKの「こころの時代~宗教・人生~」で『私にとっての“3.11”』と題して、作家・辺見 庸氏が言葉を綴っていた。


辺見氏独特のものの見方から、気付かされる言葉や、胸をえぐられるような言葉が幾つもあった。

その一つに・・・


『これだけの数字が出てくると、そのような本当に哀切極まる「死」というものが軽く考えられてしまう。

80歳、90歳の人だから、もういいだろうという事になる。

そうではない。そういう人達こそ励まし合って生きるべきなんだよ。。。助けてあげなきゃいけないんだよ。。。

若いから、この人は有能だから、この人は社会に役に立つから、だから生きてもらうって言う事では絶対に違う。

この人は何の社会の役に立たない、ほっておいたって死ぬんだから。そう言う人達には生きてもらったほうが良いんだよ。

少なくとも、そういう精神を我々が持たなければ、もう「人」ではないよ・・・』



私は、あの震災と津波の中で、多くの。。。それは多くの亡くなった命の数々を事実として自分の中に呑み込むために、

老齢の方が亡くなったという事を「仕方がない・・・」と、悲しまないように断じた。

諦めと共に呑み込んだのだ。


私は畏れ、私は慄き、私は慟哭し、私は悼み、私は祈るしかなかった。。。

そして、人としての一つの感情を諦めた。。。放棄したのだ。


それでも泣き続ければ良かったのだ。

慟哭し続ければ良かったのだ。



そうして、数ヵ月を経た或る日の昼のニュースで、

老人が海に向かい道にしゃがみ込んで泣いている姿を見て、

閉じられた蓋が外れ、涙が溢れ出した。
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by butuzohono311 | 2012-02-25 09:09 | 3月11日

長い長い戦い。。。

震災から9ヵ月が過ぎようとしていた12月初旬に初めて岩手県大槌町を訪れた。

瓦礫も片付けられ、茫漠とした被災地に入った事は遅きに失したのかもしれない。

悔恨の情と懊悩、焦燥感・・・自分の中で複雑な思いが同時に押し寄せてきた。


少しづつ穏やかさを取り戻しつつありながらも拭い去れない喪失感と未来への不安の中、

手を合わせる仏様が欲しい、そして私たちの事を忘れないで欲しいと言う痛切な思いが伝わってきました。。。



被災された多くの方は、生涯を懸けても失ったものを取り戻すことは不可能・・・なんだと思う。

それほど、失ったものは計り知れない程大き過ぎる。


被災された方にとっては、これからが生涯を懸けての長い長い戦い。

戦っていかなければならないんだ。。。
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by butuzohono311 | 2011-12-24 20:11 | 3月11日

あれから・・・

あの震災から四ヶ月という月日が流れた・・・

自分自身、悲しみと無力感と葛藤の中にあっても「立ち止まってはいられない」という思いから、

意識的にでも変わらない日常を過ごすようにしている。


・・・と言う事を「言い訳」にして、感情を殺して、現実逃避をして、心を「麻痺」させていたのかもしれない。


以前、お昼を食べながらニュースを見ていた。

被災地のニュースだ。

老人が道の上で、海に向かって花を手向け、しゃがみ込んで泣いていた。


目をそむける事が出来なかった。

涙が溢れた。

嗚咽して泣いてしまった。

涙が止まらなかった。
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by butuzohono311 | 2011-07-14 12:08 | 3月11日